第一話 アメージング・グレースの意外なお話 

Amazing grace! how sweet the sound That saved a 
wretch like me  ( 驚くほどの恵み! なんと優しい響きか  私のよ
うな卑劣漢さえも、救われた..... )

TVドラマ「白い巨塔」のテーマにもなって、改めて広まった例の曲である。
アメリカでは「第二の国歌」とも言われており、日本人の私らにもこのメロデ
ィーを知らぬ人はいないほど有名な「アメージング・グレース」。
そもそもが一世紀半ほど前、南北戦争で解放されメンフィス辺りに住み着
いた黒人たちが、「卑劣漢」を「哀れな者」と言い換えて、スコットランド、ア
イルランド系の人々が親しんでいた民謡の旋律に乗せて歌い始めたのが
きっかけで、全国的に広まったらしい。
メンフィス生まれのエルヴィス・プレスリーなんて、やはりこの曲を「心の歌」
にしていた。

  
ジョン・ニュートンとオルニーの教会

もともと、この歌は、イギリスはケンブリッジ近くオルニーの牧師ジョン・ニュ
ートン(1725〜1807)が1765年に作詞した賛美歌である。

意外なのは、このニュートン牧師、あの悪名高き奴隷船の船長だったという
前歴のある男なのだ。

     
       奴隷船と黒人奴隷(「ルーツ」より)  奴隷船での奴隷の積込み方の図解

つまりアフリカで現地人を拉致して、西インドやアメリカのプランテーションの
労働力(奴隷)として人身売買して金儲けする奴隷商人の一人だったわけ
だ。 あの海賊どもですら、襲撃した相手が奴隷船だと分かると、黒人らを
解放して、船員である白人らを皆殺しにしたほど、忌み嫌われていた連
中。 狭い船底に黒人らをギューギュー詰めに押し込んで、長い航海の途中
で死ねば海へ投げ捨て、生き残った者たちを奴隷市場で競り売りする。....
そんな稼業。1977年アメリカABC製作のTV番組「ルーツ」でもその非道ぶ
りが描かれてる、あの奴隷狩りだ。

    
  奴隷船船長時代のニュートン  船上での虐待   説教するニュートン牧師

また、このジョン・ニュートンという男もそんな稼業にふさわしい履歴の持ち
主とくる.....
彼は11歳の頃から船乗りを始め、英国海軍船から逃亡して重罪犯として公
衆の面前でムチ打ち刑に処せられたり、長年、荒くれ船乗りとして放蕩三
昧の生活をしていた男なのだ。

奴隷船の船長になったところで、少しも不思議ではないようなヤクザ者なの
である。
 ところが、1748年3月10日、アフリカからイギリスへ戻る途上、船が嵐に
遭遇して浸水。まさしく死の恐怖を味わった。思わず彼は「神様、助け
て!」と叫んだ。

 すると、なんと、奇跡的に助かってしまう。 そこで、冒頭の「アメージング・
グレース」の歌詞にあるような、深い感動を味わうという強烈な体験をした。

 彼は幼い時に亡くした母親からもらった聖書を開く。

 「それからは別人格となり、国内の奴隷廃絶運動の活動家になり、仕舞い
には聖公会の牧師となって、賛美歌の数々を残したんです。」 と、こんな展
開となるのが、ジョン・ニュートン氏の物語だ。

面白いのは、その、卑劣漢である自分のような男にも奇跡的にもたらされ
た、神の驚くほどの慈愛(Amaging Grace)を実感した海難事故から、何年
かは、彼は、そのまま「奴隷船」の船長をちゃっかり続けていたという事実。

 しかも、自分の仕事の正当性を模索しようとしていたらしい。慣れ親しんだ
稼業というものから、早々に足を洗うというのも難しいわけだ。

ここらあたりが、人間のリアリティなのだろう.....。



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